恋愛映画と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。
甘い再会、切ない別れ、それとも心がほどけるようなやさしさ。
映画『陽だまりの彼女』は、そんな固定観念をそっとなぞりながら、観る前の気持ちまで静かに整えてくれる作品だと思います。
派手な話題性よりも、じわじわと語られ続けてきたこの映画には、観る人の記憶や感情にそっと触れてくる力があるかもしれません。
今回はそんな『陽だまりの彼女』について感じたことを綴っていきたいと思います。
映画『陽だまりの彼女』概要
映画『陽だまりの彼女』は越谷オサムさんによる同名小説を原作として2013年に公開された日本の映画です。
あらすじは以下の通り。
新人営業マンの浩介は、仕事先で幼なじみの真緒と10年ぶりに再会する。中学時代は「学年有数のバカ」と呼ばれ、いじめられっ子だった真緒は、見違えるほど美しい大人の女性になっていた。浩介は恋に落ち、やがて結婚を決意するが、真緒には誰にも知られてはいけない不思議な秘密があった。
引用元:陽だまりの彼女:作品情報・キャスト・あらすじ|映画.com
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映画『陽だまりの彼女』のレビュー・感想
『陽だまりの彼女』は、いわゆる王道の恋愛映画なんだけど、観ているうちに「あ、これはただのラブストーリーじゃないな」と静かに方向を変えてくる作品でした。
最初はとてもやさしい空気で始まります。再会、距離が縮まる時間、他愛ない会話。
画面全体がやわらかくて、タイトル通り“陽だまり”の中にいるような心地よさがある。
そのぶん、観ている側も油断するんですよね。幸せな話なんだろうな、と。
でも物語が進むにつれて、その温度に少しずつ違和感が混じっていく。明るいのに切ない、優しいのに不安になる。
その感覚がとても巧みで、「好き」という気持ちが持つ残酷さや、一緒に生きることの難しさが、派手な演出なしに滲み出てきます。
この映画が印象的なのは、恋愛を“救い”としてだけ描いていないところだと思います。
愛することは確かに人を強くするけれど、同時に無力にもする。その両面を、かなり誠実に見せてくる。
だからこそ、後半にかけての感情の揺さぶり方がずるいくらい効いてくるんですよね。
観終わったあと、胸がぎゅっとするのに、なぜか嫌な気持ちにはならない。
むしろ「それでも、この時間は確かに存在したんだ」と肯定されたような余韻が残る。その余韻が、ずっと静かにあたたかい。
甘さだけを期待すると少し驚くかもしれないけれど、恋愛のきれいな部分も、どうしようもない部分もまとめて受け止めたい人には、深く刺さる一本だと思います。
タイトルの“陽だまり”が、最後にはまったく違う意味で胸に残る映画でした。
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映画『陽だまりの彼女』まとめ
というわけで、映画『陽だまりの彼女』を紹介してきました。
ちなみに『陽だまりの彼女』ですが、Amazonプライム会員はレンタルですがプライム・ビデオで鑑賞することができます。
よかったらぜひこの機会に観てみてください。
この記事を書いた人:藤代あかり(@akarifujishiro)


