『日出処の天子』という漫画を紹介する〜和を以て貴しとなせなかった物語〜

企画

今回も3000文字チャレンジという企画への参加記事となります。
というわけで、お題と企画のルールについてはこちらから↓

今回のお題は「和」。
ですが、今回は合わせて過去お題の「おすすめ」も内容に含んでいます。

それでは早速どうぞ!

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「和を以て貴しとなす」
(わをもってとうとしとなす)

何かものごとをなすとき、人々が互いに調和し合うことが大切である、という教えに基づいたこのことわざは、

聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条に記されている言葉でもあります。

今回の3000文字チャレンジのテーマが「和」であると聞いたときに真っ先に思い出したのがこのことわざだったのですが、

同時に十七条憲法の制定者である聖徳太子の前半生を描いた漫画『日出処の天子』を思い出したので、今回はこちらの作品を紹介していきたいと思います。

『日出処の天子』概要

『日出処の天子』基本情報

『日出処の天子』は1980年〜1984年にかけて、白泉社が発行している月間少女漫画雑誌「LaLa」にて連載されていた、山岸涼子さんの漫画。

「聖徳太子伝暦」に残されている、特殊な能力を持っているとしか思えないような厩戸王子の数々のエピソードが積極的に採用されている本書は、

厩戸王子の独特で圧倒的な存在感と、天才・超能力者・同性愛者という設定が特徴的。

そうした斬新な設定に加え、厩戸王子(のちの聖徳太子)と蘇我毛人(蘇我蝦夷)を中心に、主人公である厩戸王子の少年時代から推古天皇の摂政となるまでの時代を描いています。

『日出処の天子』あらすじ

時は飛鳥時代。

ある春の日に、天女と見間違うほどの美貌を持つ女童(めのわらわ/貴族に使える、いわゆる侍女見習いの少女)と偶然出会った14歳の蘇我毛人は、彼女に淡い恋心を抱きます。

しかし、実は毛人が出会ったその少女は、御年10歳になる厩戸王子が女装した姿でした。

並外れた教養と才能、政治的な手腕を早くから発揮していた厩戸王子は、その歳にしてすでに並み居る臣下たちから一目置かれる存在でしたが、

一方で彼が持つ不思議な力は実の母である穴穂部間人媛(あなほべのはしひとひめ)からは恐れられ、疎まれていました。

そうして母から愛されぬことから募った苦悩と孤独感は、彼の心に将来癒えない傷として残り続けます。

そんな厩戸王子の孤独に胸を痛め、また彼の持つ特異な能力を実母以外で唯一感知できた毛人は、尊敬と畏怖と好意を持って、厩戸王子の側に仕え続けます。

厩戸王子にとっては、自身の力のことを知りながらも実母とら違って自分の元から離れていかない毛人の存在はとても大きなもの。

そして、さらに言えば、時折出会う自分だけではどうにも動かしようがない事象(天の気に逆らって雨を降らせるなど)も、毛人と2人なら実現できてしまうこともまた、厩戸王子の中で彼の存在を唯一不可欠のものとしました。

しかし、毛人は無意識下でしたそうした「不思議な力の発揮」ができなかったのです。

だから毛人は長らく彼の持つ力、そしてそもそも遠戚とはいえ、ごく近しい血縁関係にもない自分がそもそも厩戸王子の特殊な力を感知できるということが不思議である、という事実になかなか気づくことができませんでした。

厩戸王子は、唯一無二、必要不可欠としての毛人の存在が自身の心の中で育っていった結果、毛人への感情が「愛」へと変化していったことに気づきます。そして、毛人からも少なからず好意を感じるのですが……

毛人は磯上神社(いそのかみじんぐう)の巫女であった布都姫(ふつひめ)と出会い、恋に落ちてしまいます。

布都姫は朝廷と蘇我家とで滅ぼした物部(もののべ)家の娘です。出会った当初は巫女であったこともそうですが、その後還俗(僧侶などがその地位を返上し、俗人に戻ること)させられても、当然、すんなりと結ばれる相手ではありません。

何より、毛人と両想いになったことへの嫉妬から、厩戸王子の策略により、布都姫は時の天皇・泊瀬部大王(はつせべのおおきみ/後の崇峻天皇)の元へ嫁ぐ事になってしまいます。

そして、次第に横暴な面が目立つようになった事で厩戸王子にも蘇我家にも見放された泊瀬部大王が暗殺された時、厩戸王子は布都姫をも殺害しようとしますが、そこに毛人が登場。

布都姫の嫁入りを含め、これまでの数々の事件に厩戸王子の策略があったことに気づいた毛人は、

「2人が結ばれれば、万物を動かす力が得られて、この世を意のままにできる。だから、共に生きよう」

という厩戸王子の説得に対して、

「2人がどちらも男として生まれたのは、けして結ばれてはならない運命だからだ」

という言葉を残して、苦渋の決断の末、布都姫を選び、去っていきます。

そうして孤独のうちに残された厩戸王子でしたが、推古天皇の摂政という形で政治の実権を握り、遣隋使の派遣を発案するところで物語は幕を閉じます。

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『日出処の天子』のレビュー・感想

文庫本にしても全7巻と長めであり、また時代背景や実際に起きた事件、歴史用語の解説などで文字情報も多いので、

漫画とはいえ活字慣れしていない人にとっては少し読みにくくも感じる作品かもしれません。

また、厩戸王子が最後まで報われないところも含めてかなり重い内容になっているので、

体力と精神力に自身のあるときに読むことをオススメします。

実家に全巻揃っているので何度もこの作品を読んでいる藤代ですが、上記理由も相まって、年に一回読み直すのが限度かな、という気持ちが正直なところです(笑)

と同時に、自分がわかりやすいハッピーエンドではなく、読後や視聴後にズーンと心に重くのしかかる”何か”を残していく作品をわりと好む傾向にある、その原点がこの『日出処の天子』なのではないかとも思うのです。

そういう部分もあってか、最後のエピソードが特に好きですね。

というのも、毛人に振られてしまった後、失意のうちに厩戸王子はとある少女を嫁にもらうんですが、

毛人の実の妹であり蘇我宗家の娘である刀自古郎女(とじこのいらつめ)や、額田部女王(ぬかたべのひめみこ/のちの推古天皇)の娘である大姫(おおひめ)を差し置いて、

厩戸王子はその少女・膳美郎女(かしわでのみのいらつめ)を自分の宮に住まわせるんですね。

その宮は厩戸王子が生家から独立するにあたって、額田部女王や蘇我馬子に資金を出してもらって建てたもの。

しかも膳美郎女は元は浮浪児で、厩戸をとても贔屓していたけれど、厩戸に嫁がせられる娘がいなかった膳(かしわで)氏の養女として迎えてもらった後に娶っています。

つまり、本来厩戸王子の嫁となるには身分が低すぎる娘をあえてそういう手続きを踏んででも娶った、それだけ厩戸王子ご執心の娘、という風にも捉えられるわけです。

当然両家にとっては面白くない話なわけです。

そこで、蘇我家からは毛人が、膳美郎女がどんな娘のなのか視察するために派遣されるんですが、

厩戸王子を突き放してしまった後の久々の再会となることがただでさえ毛人の気を重くしているのですが、

対面した膳美郎女に、毛人の心は打ちのめされるわけです。

それはけして膳美郎女に知的障害の気があったからというわけではなく
(なぜ?と引いている部分はあったでしょうけれど)

彼女の眼が、厩戸王子の実母・穴穂部間人媛にそっくりだったからです。

今でいう青春の時代を共に過ごしてきた毛人はこれまで、母に恐れられ疎まれてきた厩戸王子がやがて母を徹底的に避け、

母親のみならず女性全般に対して嫌悪を示す言動をしているのを見てきました。

そうして自分への愛を告白し、その愛が敗れた先に残されたのが、ずっと手に入らなかった母の愛情への渇望、そしてそのことに対する「原点回帰」だった、と。

打ちのめされた毛人は涙するのですが、お前が泣くんかい!という気持ちはさておき、

この終わらせ方が自分の中で妙にしっくり来たのです。

調子合わせのハッピーエンドが用意されていたとしたら、おそらく私は何度もこの作品を読まなかっただろうな、と(笑)

そんな風に感じています。

『日出処の天子』まとめ

というわけで、ここまで『日出処の天子』という作品を紹介してきました。

なお、本編の続編、厩戸王子の子どもたちの時代について描いた『馬屋古女王』(うまやこのひめみこ)についてはこの記事では触れていませんが、

文庫版の最終巻に収録されているこちらの短編もかなり読み応えがあるので、

本編と合わせてお手にとっていただけたら幸に思います。

この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)