ラノベ『キーリ』シリーズ あらすじ・感想・レビュー

企画

藤代あかり(@akari_fujishiro)です。

今回も3000文字チャレンジという企画への参加記事となります。
というわけで、お題と企画のルールについてはこちらから↓

今週のお題は『神様』

神様、と聞くと、いつも思い出すフレーズがあります。
私が中学生の頃から読んでいた『キーリ』というライトノベルシリーズの第1巻のかなり冒頭に登場する以下の文です。

「神様というのはきっと完全無欠に立派で公平な人格者で、強い者にも弱い者にも、お金持ちにも貧乏人にも、ただ平等に見守るだけで決してどちらか一方をえこひいきして手を差し伸べるなんてことはしないのだ。なんてありがたいんだろう。死んじゃえ」
引用元:『キーリ 死者たちは荒野に眠る』壁井ユカコ著

(本来文字装飾は「3000文字チャレンジ」のルール上NGなんですが、この前置き部分とまとめ以降の部分は毎度3000文字のカウントには含めていないのでご容赦ください)

というわけで、今回は『キーリ』シリーズの魅力をご紹介していこうと思います。

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『キーリ』シリーズ概要

『キーリ』シリーズ基本情報

著者壁井ユカコさん/イラスト田上俊介さんという体制で全9巻刊行されている『キーリ』シリーズは、元は第9回電撃ゲーム小説大賞(現・電撃小説大賞)受賞作。

2006年には手代木史織さんが手がけた漫画版が2冊刊行されたり、2014年にはメディアワークスからドラマCDが発売されていたりしていますが、アニメ化などは現状されていません。

いつか…と思い続けて早10数年経つので、今からでもどこかでアニメ化してくれないかなぁ…

なお、本作の刊行タイトルは以下のとおりです。

『キーリ 死者たちは荒野に眠る』
『キーリll 砂の上の白い航跡』
『キーリlll 惑星へ往く囚人たち』
『キーリlV 長い夜は深淵のほとりで』
『キーリV はじまりの白日の庭(上)』
『キーリVl はじまりの白日の庭(下)』
『キーリVll 幽谷の風は吠きながら』
『キーリVlll 死者たちは荒野に永眠る(上)』
『キーリlX 死者たちは荒野に永眠る(下)』

『キーリ』シリーズあらすじ

教会の寄宿学校に通っている14歳の少女・キーリは、幼い頃から霊感が強く、そのために校内でも孤立していました。

そして、そんな性質ゆえに、神様の存在やその意義について、ずっと疑問を抱きながら生きてきました。

そんな彼女が冬休みの始まりの日に出会ったのが、”不死人”の青年ハーヴェイと、その同行者で小型ラジオに憑依する霊・兵長。

そんな奇妙な組み合わせの2人旅に、キーリは勝手についていくことに。そこから、約3年に渡る彼らの長いような短いような旅が始まります。

『キーリ』シリーズの世界観について

遠い遠い未来の、はるか彼方の銀河系で……
(というとスターウォーズのオープニング・ロールのようですが)

この物語の舞台は、地球から移住した先のとある架空の惑星。開拓期に母星からやってきた「十一聖者と五家族」を中心とする宗教が形成する「国家」が統治しています。

そして、キーリたちが生きるのは、戦争終結から約80年が経過した時代。

この戦争では多くの科学技術や資源が失われましたが、その数少ない貴重な技術・資源が姿を残している形、として、ハーヴェイをはじめとする”不死人”の存在があります。

“不死人”とは戦時中、一度命を落とした後に≪核≫と呼ばれる、琥珀色の明滅する光を内包した、大人の拳ほどの大きさのごつごつした高純度の化石資源の結晶を身体の中に埋め込まれた兵士たちのことを指します。

この≪核≫は埋め込まれた不死人が動き出したときの全ての細胞の情報を記憶しています。そして、保持している半恒久的なエネルギーを使って、当時の細胞の状態の全てを維持しようとします。

つまり、ほぼ不老不死に近い状態になるということです。

また、≪核≫は人間の筋力を100%引き出せる力も持っており、そうしたこともあって彼らは戦時中、兵士というよりもほぼ兵器として重宝されてきましたが、

戦争が終結すると一点、「戦争の悪魔」として教会から戦争責任を押しつけられ、追われる立場となってしまいます。

(ただ、おそらくは教会が戦前の科学技術の結晶である≪核≫の模造品を作ろうとしていたことから、そのサンプル欲しさに不死人を追っている、ということが本当の目的であろうと考えられます)

そんな、政府の中核といってもいい教会に追われる不死人のハーヴェイと、ラジオに憑依する幽霊である兵長と、

生きている人間と区別がつかないくらい霊がハッキリと見えるがために教会の教えに対してどこか冷めた目を向けてしまう少女キーリ。

旅に出た3人は、ある意味ではマジョリティにはなり得なかった、マイノリティの側の存在である、ともいえるのかもしれません。

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『キーリ』シリーズのレビュー・感想

私の実家には『なんて素敵にジャパネスク』など氷室冴子さんの著作が一通り揃っていたりなどしたので、読破した、という意味では”唯一”とは言い切れないんですが、

私が自分で選んで自分で全巻購入したライトノベルはこの『キーリ』シリーズが初めてで、結局作者である壁井ユカコ先生の著作しかその後も手元に置かなかった、というくらいには自分にとってこの作品はとても大きな存在です。

これは余談ですが10年近く経過した後に、別の作品でサイン会があり、そこで初めて作者さんご本人にお会いできたのは今となってはいい思い出です。

めちゃめちゃ綺麗なお姉様だったなぁ……

さて、話は戻って、『キーリ』シリーズについて。

端的に言い表すならば、米津玄師さんの『アイネクライネ』を聴いた時の感情に近いものをこの作品からは感じ取れるように思います。

壁井ユカコ先生の別の著書でこんなレビューをしている方を見かけたことがあるのですが
(先生ご自身が取り上げていたのかな?)
(何年も前なので本来の内容と違っている部分もあるかもしれません)

「擦り切れそうな感情を描くのがうまい作家さんですが、この作品に関してはもう擦り切れている」

『キーリ』という作品においてもこれが非常によく当てはまる。まさに言い得て妙。

若干のネタバレを含むと、ハーヴェイの体内に埋め込まれている≪核≫も、永遠に彼を生かし続けるものではないことが終盤でわかるんですね。

キーリと出会ってから起きたいろんな出来事によって≪核≫の機能面がやや損なわれた部分もあるにはあったのですが、それがなくても、そもそもいつかは終わりを迎える日が来るもの、だったのです。

かつて出会ってきた人々がどんどん年老いて、彼の長い物語の舞台から降りていく、そんな背中を見送り続けてきたハーヴェイは、

もう不死人ではない、”普通の人”と過度に親しい間柄になるのはやめようと、厭世的になっていた側面もあるのですが、

たとえもしかしたらこの出会いが彼の終わりを早める理由の一端になったのだとしても、キーリと出会い、過ごした日々をひとつも後悔しなかった。

それどころか、戦争に際して”不死人”である自分を生み出した人々のことも、あれだけ戦時中自分を利用しておきながら戦後、掌を返して自分を戦犯と石を投げた人々のことも、全く、とは言えないまでもちっとも恨んでいないのです。

そして、自分にも「終わり」があることに安堵するハーヴェイの姿。

あまり性急でこれをやればみんな涙誘われちゃうでしょ?感が出ている話というのがあまり好きではない自分としては、

そうならないギリギリのラインで最後まで展開する物語がツボだったのかもしれません。

あるいは、壁井ユカコ先生の著作に触れてきたからこそ、その後くらいに起きた純愛ブームにイマイチ乗れなかったのでは?という部分もあったのかもしれません。

あとは、キーリとハーヴェイの間に明確な恋愛フラグが立てられなかったのもポイントのような気がします。

特に恋愛カテゴリに振り分けられる作品が嫌いというわけではないんですが、そういう作品を読みたいときはそこにカテゴライズされているものを手に取るから!というところですね。

まぁ『キーリ』という作品の良さを考えた時に、あまりに分かりやすい惚れたはれた展開は似合わないだろうとこちらが捉えているから、というのも理由の一つかもしれません。

壁井ユカコ先生の著作でいえば『No Call, No Life』は恋愛カテゴリに当てはまると思いますが、そういえばこの作品もあまり明るい惚れたはれた劇ではなかった、かも?

(もはや擦り切れてる、はこの作品に対する評価だったような気もしてきました)

この作品もとても大好きで、実写化などのメディア展開を待っており、いや、純愛ブームで挙げられている他の作品よりもっとこっちの作品の方が!!と当時から声を大にして言っていた思い入れの深い作品ではありますが、

実写化、まだかなぁ……

あ、ところで「純愛ブームってなんぞや?」という私より若い世代の方は、一回Google先生に聞いてみてください。

『キーリ』シリーズまとめ

というわけで、ここまで『キーリ』シリーズについて紹介してきました。

ライトノベルの文庫本9冊分とあまり活字に馴染みのない方にとっては少し長いかもしれない作品ですが、

スチームパンクとか米津玄師さんの『アイネクライネ』といったワードが自分の中のアンテナに引っかかる、という方は、ぜひ一度手に取ってみてください。

これは、遠い遠い未来、はるかかなたの銀河系で。

神様なんて死んじゃえ、と言っていた少女が、神様もう少しだけ、と祈らずにはいられなくなる物語。

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