今回も3000文字チャレンジという企画への参加記事となります。
というわけで、お題と企画のルールについてはこちらから↓
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「ルールが綺麗にまとめられてる!」
「すごいでしょ?」
「え?主催者が作ったの?」
「そんなわけ無いじゃない。ねこまにあさん、素敵な人よ」
「やっぱり。あいつがこんな事やるわけないか」
「もう、助けられっぱなし」#3000文字チャレンジ は皆様のおかげで成り立っております。 pic.twitter.com/p6QzrnGSgx
— 3000文字チャレンジ公式アカウント (@challenge_3000) April 11, 2019
今回のテーマは『マンガ』
このテーマを見た瞬間、この作品しかないよね!と思ったので、久しぶりに迷わずかけた気がします。
というわけで、早速スタートです!
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『こどものおもちゃ』概要
『こどものおもちゃ』基本情報
『こどものおもちゃ』は通称”こどちゃ”でも親しまれているマンガで、作者は小花美穂さん。1994年〜1998年に「りぼん」で掲載されていた日本の少女漫画。
この作品は学級崩壊や学校の抑圧性、少年犯罪・離婚・家庭崩壊・精神的な病、それからマスコミの印象操作やバッシングといった現在にも通じる社会問題を”こどもの視点から語る”という斬新ともいえる内容となっており、それが人気に繋がった、という一面も持ち合わせています。
『こどものおもちゃ』あらすじ
人気子役タレントである倉田紗南(くらたさな)は私立神保小学校に通う6年生。小さい頃に劇団こまわりに入団し、映画やドラマにも出演。そして現在は明石家よんまが司会を務めるバラエティ番組「こどものおもちゃ」のレギュラーも務めている。
そんな彼女の母・倉田実紗子(くらたみさこ)はかつての恋人との恋愛をモデルにした『ヒモと私』で青木賞を受賞している作家であり、紗南は豪邸に住み、家族も仲良く……と充実した生活を送っていました。
しかし彼女が在籍している6年3組は、羽山秋人(はやまあきと)を中心に男子が暴れ、授業がまともに行えないという、学級崩壊という問題を抱えていました。
紗南は羽山がクラスを荒らす原因が彼の家庭にあることを突き止め、親子仲が改善するように手を尽くす。
そして、そんな紗南と羽山との交流を中心に、中学1年になった彼らの姿までが本作では描かれています。
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『こどものおもちゃ』のレビュー・感想
「私の2次元の初恋は羽山秋人である」
「私が人生で初めて全巻大人買いしたマンガがこどちゃである」
以上の理由から今回の「マンガ」というお題に際してあえてこのタイトルを選んだのですが、大人になった今読んでもこのマンガ、味わい深いというか、色々と考えてしまうというか、そんなスルメ的な要素がたくさんあります。
特に、読者としての自分自身が大人になればこそ気になったのが、
「一歩ちがえば危険を孕んでいたんじゃないかとも見える紗南と羽山の関係」
という部分です。もう少し細かくみていきましょう。
出生・家族関係と紗南と羽山
あらすじのところでも書きましたが、羽山の家庭には問題がありました。
彼が生まれたときに身体の弱かった母親が亡くなったことで、彼の姉は彼を責め続けており、秋人のことを「(母を殺した)悪魔の子」と逆恨み的に忌み嫌い続けていた結果、
姉弟、そして父とこの間にも埋めがたい溝ができていたのです。
そしてこの問題は紗南の奔走によって解決し、親子・姉弟関係は修復していきます。
他方で、紗南の方にも出生にまつわる秘密があり、それは母・実紗子の手によって世に公開されます。
というのも、紗南は実紗子の実子ではなく、紗南は公園に捨てられていたところを実紗子に拾われているのです。
そしていつか実母を探すために実紗子は作家として、紗南は子役タレントとして、それぞれ知名度を上げていくことを約束するのです。
いつも明るく楽しく元気よく、といった姿が終始印象的な紗南ですが、実母が出てきてしまったときに実紗子が自分を手放すつもりなのではないか、と不安を抱えていました。
そして実紗子の手で紗南のことが世間に公表されたそんな時に、紗南のそばにいたのが羽山だったのです。
彼らのこうしたつながりは、中学に上がった後にも続いていくことになります。
すれ違う2人と紗南の心の病
羽山も、そして紗南も、互いへの恋心をそのうち自覚していくのですが、
紗南が長期のロケに出ている際、彼女と同じく子役タレントである加村直澄と紗南との恋愛関係についての報道が流れてしまいます。
これはいわばマスコミによる悪質なデマではあったのですが、この一見で落ち込んだ羽山は、大阪から転校してきた幼稚園時の幼なじみである松井風花(まついふうか)と付き合い始めたり、そのことに心を痛めて紗南が仕事を入れまくったりと、すれ違いは加速していきます。
結果からいうとこの件に関する誤解は後に解けて、風花が身を引く形で紗南と羽山は付き合い始めるのですが、
今度は羽山に憧れていた小森和之(こもりかずゆき)が起こしたとある事件によって羽山は大怪我を負う形に。
そのことで後悔を感じていた紗南は、やがて羽山が父親の仕事の都合でアメリカへ行くことになったことで、ついに心の病を発症してしまうのです。
(このアメリカ行きは羽山父が息子の治療のためにと考えたものだったのですが、まだ子細が本決まりしていない状況で羽山父も打ち明けられず、その事情を知らされなかったことが紗南の病発症の遠因となった説はある)
彼女が発症した病は、作中で実紗子が命名したものですが「人形病」と呼ばれるものでした。
「人形病」は一切の表情をなくしてしまう、という心の病です。しかし、紗南本人は鏡に映る自分の顔が笑顔に見えている(幻覚)ので、本人はその自覚がない、というのが問題です。
ちなみに、この病については紗南がまだ小さい頃にも一度発症していました。それは、実紗子が自身の出生について彼女に打ち明けた時。
「もしかしたら、自分は実紗子に捨てられるのかもしれない」
やはり新生児の時に捨てられたことがトラウマになっていたのかもしれません。そして今回は、小森の事件で後悔も残る中、心の拠り所でもある羽山と、自分たちにはどうしようもない理由で引き離されることが引き金になったといえるでしょう。
最初は皆、「人形病」となってしまった紗南に対して慎重に接します。
しかし、羽山とやがて離れなければならないという現実から目を背け続ける紗南が誘った旅行先で、羽山は紗南の人形病を甘えだ!と怒り、そして、自分だって寂しいんだ、と涙します。
羽山の弱さや本当の気持ちに触れたことで紗南の中にも変化が現れ、ある種のショック療法ともいえるかもしれませんが、彼女の病も克服。
やがて羽山父から事情が明かされたことで、紗南はやっと笑顔で羽山を見送ることができるようになります。
紗南と羽山の関係性の危うさを考える
紗南と羽山が、互いに互いがいたからこそ救われたもの同士であるということは、原作を既に読んでいたり、あるいはこの記事をここまで読んでいただいた方ならばなんとなく理解してくれると思います。
他方で、彼らは彼らの関係が安定するまで、離れていてもその絆というのが強固なものだと信じられるようになるまで、荒んでしまったり心を病んでしまったりと、精神的な安寧に欠くという側面もありました。
共依存に近かったのかな?とも思いましたが、共依存の定義というのはWikipedia先生の言葉を借りると、
『「人を世話・介護することへの愛情=依存」「愛情という名の支配=自己満足」』
によって成り立つものなのだそう。
要するに、一見相手の存在に頼り切り=依存状態の人の方が問題を抱えているようにも見えるけれど、依存されている側もその状態に自身の存在意義を見いだしている=依存している、そしてこの関係が崩れることを両者ともにとても嫌がっている、というのが共依存にあたるようです。
そうした意味では2人は共依存関係ではなかった、と見て取れることもできますが、しかしもしかしたら、何かのはずみでそんな関係にもなり得たのかもしれない、と感じることもあります。
「人は人によって支えられ、人の間で人間として磨かれていく」
と、「人」という字の成り立ちについてこんな言葉を残した某ドラマの先生などもいらっしゃいましたが、
互いが互いに自立できないほど”支え合ってしまう”関係というのはやはり歪であると言えます。
ただ、紗南と羽山に関しては、相手の存在が支えていてくれないと自立できないほどの状態に陥ることなく、それでいて互いがいるからこそまた強くあれる、という関係になってくれたことが、
大人になった今、重いエピソードの後のエンディングとして、読後感としてはホッとしたりもするのです。
最終巻はやや駆け足すぎたのでは?という声もあったようですけれどもね。
『こどものおもちゃ』まとめ
というわけで、マンガ『こどものおもちゃ』を紹介してきました。
ちなみに紗南と羽山、そして直澄のその後については、『Honey Bitter』という小花美穂さんの別作品との合作という形で描かれた『Deep Clear』という作品として、2010年に発売されています。
結婚した羽山と紗南夫婦のその後はもちろん素敵だったのですが、紗南に失恋する形となった直澄のその後はかなり衝撃的だったので、
こどちゃファンの方で未読だ!という方はぜひ手に取ってみてください。
最後にどうでもいいですが、余談を。
「私の2次元の初恋は羽山秋人である」
というのをレビューのところの冒頭で書きましたが、その後いろんな漫画を読み、ゲームをしてアニメを観て、と生活していく中で、
低体温(っぽい)低血圧(っぽい)低テンションの3底が揃った、クールで一見感情が読めないキャラが一定割合でその作品の最推しとなる現象に遭遇してきたのですが、
もとを辿ればすべて、その源流は羽山に行き着くのではないかと、そんなことにふと気づいたからなのであったりします。
完全に余談でしたね。
では今回はこの辺りで。
この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)