誰をパートナーと呼び、どんな関係を結び築くかはもっと自由であっていい

恋愛・結婚のこと

つい最近のことなのですが、

『現行の婚姻制度は異性同士であること、自分の目標でもないのに性行為・出産・子育てを期待されすぎていて、それらをさして望んでいない人たちがただ健やかに生きて死ぬために肩を組むためのパートナーシップ制度があればいいのにな』

という趣旨のつぶやきをTwitterで見かけまして。

同じく最近、上記のようなことを考える気持ちわかるなぁ、と感じる出来事があったので、今回はこの辺りの話について思うところを書いてみたいと思います。

[sponsered link]


結婚と出産・子育てをセットとして考える人はまだまだ多いんじゃないかという話

実はこのあたりの結婚観について触れた記事ほかいくつかの記事で書いていた、知り合ってからは10年以上(お付き合いは3年くらい)の彼とはいろいろあって春頃にお別れして、今は別の方とお付き合いしていまして。

で、前の彼のことはすでに親に紹介済みだったので、諸々兼ねて報告をしたわけなんですが。

その、今の彼というのが一回り以上年上、過去に婚姻歴のある人(不倫スタートとかではないです念のため)(前の奥さんとの間にお子さんはいません)ということもあり、

世間一般的な反応はさておき、まぁうちの母はあんまりいい顔はしてくれないだろうなぁとは何となく思っていました。

わりと過保護環境で育った自覚もあるので。
(大学までアルバイトで稼いだお金はすべて母親管理、大学の授業時間割&アルバイトのシフトは全提出、新卒で入社した会社は毎日てっぺん超え帰宅だったこともあって当時の上司の個人連絡先を母の携帯へ登録させられていたetc)

で、報告の結果ですが、こちらももう30代半ばということもあったのか、頭ごなしに否定!反対!ということはありませんでした。

平均寿命や、まぁ一度失敗しているということを考慮すれば、生涯をともにできるとはいえないだろうから、そうした点を踏まえて自分の人生設計がきちんとできているんならまぁいいんでないの、結局はあなた次第よ、という感じですかね。

親としてはやはり自分の子に苦労はしてほしくないということも、本人たちが幸せであることは大事だとわかってはいるけれど、やはり”人並み”を求める気持ちはあるかなぁという言葉もありながら、

ただ、やはり途中で、結婚には、子どもが産まれて、その子がいくつの時に自分や相手がいくつで、その時ちゃんと生活できるのか(収入など)を考えることも結婚のうちである、といった話も出てきまして。

やっぱりまだまだ”人並み”を思うと、結婚と出産・子育てはセットで考える人は多いのかなぁ、と、身近なこととして感じた次第です。

[sponsered link]


結婚にも出産・子育てにも積極的ではない自分

私自身、何がなんでも結婚したい、出産・子育てをしたいというタイプではありません。

25歳を過ぎて結婚に焦った時期もあったけれど、

それはどちらかというと当時の労働環境(毎日朝から終電まで働いていた)と、それによる体調の悪化(定時後に行ける会社周辺のほぼ全ての診療科目の診察券があったくらい)から逃れられる一つの手段として考えていた節もあって、

転職したら綺麗さっぱりそういう気持ちが消えたことを考えると、もともとはそこまで結婚願望はなかった、と見るのが自然だと感じています。

また、私自身は思い返してみれば、子どもが欲しいと能動的に思ったことがありません。

なぜかと聞かれたら特にこれという理由もありません。

強いて言えば、生みたいという欲を抱いたことがない。人生設計に組み込んで考えたこともない。親など誰かのために、という縛りを自分に課す必要を感じていない。

だからまぁ特にほしくないってことなんだろう、という結論に自然に至った、という感じでしょうか。

じゃあ絶対に欲しくないのかと言われたらそんなこともなく。

たとえば今のパートナーが望むなら、とは考える一方、30代半ばという自分の年齢もあるので今後自然に授かる可能性は年々低くなるのかもしれないけれど、たとえば不妊治療などのために病院通いするつもりはない、というくらいの消極的な気持ちですね。

あとは、自分の両親を見ていると、まずは「かすがい」となる子がいなくても成り立つと(少なくとも結婚すると決めた時には)思える相手とじゃないとそもそも結婚する気もない、というのも大きいのかもしれません。

それは、母が家庭環境だとか、昭和という時代に適齢期だとかなんだとかに対して抗うこともできず、親のためにとか世間体のために結婚するに至った、ということ、

あなたは1人でも生きていけるようにするのよ、と教育に関してかなり惜しみなくサポートを受けられたという部分から来ているのかもしれません。

まぁそれも24歳で学生時代の1番の友人が結婚したのを境に、やれ結婚だ孫だというようになり、

「1人でも生きていけるようになるのよ」

という言葉はどこへ行ったんだい?!とはなりましたけどね(苦笑)

[sponsered link]


結婚≠出産・子育てじゃなくてもいい。いろんなパートナーの形があってもいい

少し話が飛びますが「遠くの親戚より近くの他人」っていう言葉がありますよね。

結婚とは他人同士だった2人に、それぞれの元の家族並みの特別な繋がりがあることを公的に証明するものではないかと思うんですね。

ただの他人じゃないよ!健やかな時ももちろんだけど、病んでしまった時も死が2人を分かつまで添い遂げる相手だよ!的なね。

制度に詳しくないので断言ができないのですが、上記のことを真に実現しようと思ったらパートナーシップ制度や事実婚状態ではカバーできない内容が婚姻制度には含まれているのでしょうから、

現行法上特に差し障りがないなら、婚姻制度を利用するのがいいんだろうな、というのが正直な思いです。

実際私の恋愛対象は異性ですし、苗字を変えることに対して抵抗もない(今のパートナーは自分もまた自分の苗字に統一しなくていいというタイプだったりします)ので、

制度を利用することは自然なことともいえるんじゃないでしょうか。

ただ、少なくとも私の中には「死が2人を分つまで」の間に自分が子どもを産んで家族を増やそうという思考がない、というだけなのです。

けれど、まだ世の中には婚姻制度の利用は子を生み育てることとほぼセットという考えを持っている人が多い、と感じる。

だからこそ、冒頭紹介したツイートのように、

『現行の婚姻制度は異性同士であること、自分の目標でもないのに性行為・出産・子育てを期待されすぎていて、それらをさして望んでいない人たちがただ健やかに生きて死ぬために肩を組むためのパートナーシップ制度があればいいのにな』

とつぶやきたくなる気持ちがわかるような気がするのです。

健やかなる時はもちろん、やめる時も死が互いをを分つまで、時には生来の家族よりも深く繋がり添い遂げたいという2人がいたとして、

両性の合意のみが婚姻の原則であるとするなら、互いが納得してるんなら、子を望まないことも、別姓のままでいたいねっていうのも認められてもいいんじゃない?と思いますし、

もっといえば「両性」を「両者」に変えるなどして(憲法改正まで行くと容易ではないかもしれませんが)同性婚も認められてもいいと思っています。

また、日本はこれから高齢化がどんどん進んでいくのですから、それこそ先ほど紹介したツイートのように、現行の婚姻関係ほど強固な繋がりじゃなくても、物理的・精神的に遠い遠くの親類よりは近しい赤の他人同士、

共にこの世を生き抜こうぜ、最後は1人にならないように看取るぜ、くらいのバディを組める仕組みもあってもいいのかもしれないな、とも思います。

それが実現するとしたら、ルームシェアよりは少し踏み込むけれど、パートナーシップ制度との中間くらいに落ち着くものになっていくのかな?

[sponsered link]


まとめ

ただまぁ、結婚はしたいけど子どもは欲しくないという人がいる、ということを主張した場合に、世間様の風当たりの強さに直面することもあるだろう、ということはなんとなく理解しています。

だから、今後たとえば結婚したとして、お子さんは?とか聞かれても「授かり物ですからね〜」といってやり過ごそうとは思っています。

子どもはいいものだよ、と本気で感じてプレゼンすることはその人の自由であるのと同時に、こちらにも子どもは欲しくないと感じることは自由であるはずなのだけど、

まるで鬼の首でも獲ったかのように女の本能だとか産んだら可愛いだとか絶対に後悔するだとかワガママだとか、そう口にする人と出会いたくないから。

「それでもいい。サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。ともに生きよう。」

とこちらとしてはしたいだけなのです。ヤックルに乗って会いにはいかないかもしれないけれど。

それで5年くらいのらりくらりやり過ごせばやがて40歳を迎え、周りも諦めてくれるかな、と願ってもいます。

そういえば以前に、少子化対策は子を望んでいる人たちにとってその妨げとなっているものを極力減らす・無くしていくことに注力することが大事で、

子を望んでいない人たちにも生めや増やせやいうのは違うんじゃないですかね、というようなことを書いているので、よろしければ以下の記事も合わせてどうぞ。

"普通じゃない人"を追いやっても、"普通の人"が増えるわけじゃない
「同性愛が広がれば足立区は滅びる」といった趣旨の発言したことで、自民党所属の白石正輝足立区区議に対して批判の声が上がって...

この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)

コメント