人生や仕事、家族のことを考え始めたとき、なぜかふと思い出す映画があります。
『鉄道員(ぽっぽや)』も、そんな一本かもしれません。
派手さはないけれど、静かで、まっすぐで、どこか懐かしい空気をまとった作品。
名前は知っているけれど、ちゃんと観たことはない、という人も意外と多いのではないでしょうか。
今回はそんな『鉄道員(ぽっぽや)』を紹介していきたいと思います。
肩肘張らず、少し立ち止まりたいときに思い出してほしい映画です。
映画『鉄道員(ぽっぽや)』概要
映画『鉄道員(ぽっぽや)』は浅田次郎氏の同盟小説を原作として1999年に公開された日本の映画です。
あらすじは以下の通り。
廃線間近となった北海道のローカル線・幌舞線の終着駅で駅長を務める佐藤乙松。今年で定年を迎える彼は、不器用なほどまっすぐに鉄道員(ぽっぽや)一筋だった自身の人生を振り返る。幼い一人娘を亡くした日も、愛する妻を亡くした日も、乙松は休むことなくずっと駅に立ち続けた。そんな彼の前に、ひとりの少女が現れる。愛らしい少女に、亡き娘・雪子の面影を重ねる乙松だったが……。
鉄道員(ぽっぽや):作品情報・キャスト・あらすじ|映画.com
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映画『鉄道員(ぽっぽや)』のレビュー・感想
『鉄道員(ぽっぽや)』は、派手な事件も大きなどんでん返しもないのに、気づくと胸の奥をじわじわ温めてくる、不思議な力を持った作品だと思います。
高倉健さん演じる主人公は、北海道の小さな駅で駅長として働き続けてきた男。
仕事一筋、不器用で多くを語らない。その姿は、いかにも「昭和の男」なんですが、だからこそ放つ存在感がとにかく強いんですよね。
多くを説明しないぶん、背中や立ち姿だけで人生を語ってしまう感じがあって、観ているこちらが勝手にいろんな想いを読み取ってしまいます。
この映画の良さは、「喪失」や「後悔」を大げさにドラマ化しないところ。
人生で失ってきたものは確かに重いのに、それを声高に嘆くことはなく、淡々と日常が続いていく。その静けさが逆に胸に刺さります。
観ているうちに、「ああ、この人はずっと耐えて生きてきたんだな」と、こちらが気づかされる構造なんですよね。
そして、物語の中で差し込まれる“少し不思議な出来事”がまた絶妙です。
現実と幻想の境目があいまいで、あれは本当に起きたことなのか、それとも心が見せたものなのか、はっきりとは語られない。
でもその曖昧さが、この作品にやさしい余韻を残しています。説明されないからこそ、観る側それぞれの解釈が入り込む余地がある。
個人的には、雪景色の駅や、走り続ける列車の描写がとても印象に残りました。
止まっているように見える人生と、容赦なく進んでいく時間。
その対比が、セリフ以上に雄弁に物語っている気がします。
『鉄道員(ぽっぽや)』は、観た直後に泣かせにくるタイプの映画ではありません。
でも、数日後、ふとした瞬間に思い出して、胸が少し締めつけられる。そんな“後から効いてくる”作品です。
人生を振り返る年齢じゃなくても、なぜか心に引っかかる。
静かで、不器用で、それでも確かに人の温度が残る一本。
疲れているときや、少し立ち止まりたくなったときに、そっと寄り添ってくれる映画だと思います。
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映画『鉄道員(ぽっぽや)』まとめ
というわけで、映画『鉄道員(ぽっぽや)』を紹介してきました。
ちなみに『鉄道員(ぽっぽや)』ですが、Amazonプライム会員はプライム・ビデオで鑑賞することができます。
よかったらぜひこの機会に観てみてください。
この記事を書いた人:藤代あかり(@akarifujishiro)


