私の中で、オススメしたい漫画TOP5に入っていると言っても過言ではないタイトルに、清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット-』という作品があります。
始めに断っておくと、私は原作はもちろんのこと、生田斗真さんも岡田将生さんも、大好きな俳優さんです。
そんな「好き」が一堂に会する作品。
私は、制作決定のお知らせを目にしてから、ずっと観に行ける日を楽しみにしていました。
「好き」がゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどに最高の映画だったと言いたかったなぁ、と。そんな作品になってくれるのではないかと公開前は大いに期待したのですが……
今回は映画のレビューともいえない、そんな一原作ファンの深い深い悲しみ。
そして改めて、とにかく原作を読んで欲しい!!と強くオススメしたい。
結論はタイトルにすべてこめてしまったのですが、2016年映画公開時にはどうしても消化しきれなかった様々な思いを今なら整理できるだろうか、と改めてこうして記事にしてみることにしました。
少しでもお付き合いいただければ幸いに思います。
[sponsered link]
「秘密-トップ・シークレット-」原作の世界観
舞台は西暦2060年、近未来の日本。
死者の脳から、生前のその人物の記憶(視覚によるもの)を映像として再現することができる技術が生まれ、
それまでは解明できなかった凶悪事件の真相につながる有効な捜査手段として通称「MRI捜査」を行う「科学捜査研究所 法医第九研究室」通称「第九」が設立されました。
この「MRI捜査」は「通常では解明できない凶悪な事件」など、特殊な事件にのみ用いられる捜査方法なのですが、
とはいえ故人のプライバシーなどの観点から、捜査方法や担当する捜査員に対して、世間からは強い反発・偏見もありました。
また、取り扱う事件の凄惨さと、家族に対しても適用される秘匿性から、捜査員の心身への負荷も大きく、過去には心を病んだり、結果として離脱する人も。
そんな「第九」という最先端の捜査を担う場所に強く憧れて配属された新人の青木一行と、「第九」の所長である薪剛が、本作のキーパーソンとなってきます。
映画化に際しての一原作ファンとしての思い
「通常では解明できない凶悪な事件」を扱うMRI捜査。
ということで、年齢制限などを設けたとしても、映像化できそうなエピソードが限られてくるだろうな、というのが、映画化決定の知らせを聞いた際に一番最初に抱いた率直な思いでした。
また、2060年という近未来に物語の時代は設定されていますが、MRI捜査以外については、習慣や文化、地名などは現代に存在するものがそのまま使用されているケースがほとんど。
特に原作の後半では政治や宗教的な背景も絡む事件の描写もあった関係で、国際的なあれそれを考えると、ここも映像化の際にピックアップされることはないだろうなぁ、と漠然と感じた記憶があります。
なので、『秘密-トップ・シークレット-』2巻に登場する露口絹子のエピソードを取り扱うと聞いた時に、妙に納得した覚えがあります。
個人的な意見ですが、凄惨な描写が(この作品の中では)比較的少なく、また、国際的なあれそれも絡まない事件だったからです。
それと同時に、私にとっては本作品の中でもかなり気に入っているエピソードのひとつでもあったので、映画公開を楽しみに思う気持ちが強まったのも今となっては懐かしいですね。
あとは、今回映像化するにあたって、本作のキーパーソンである薪剛を語る上で超重要人物である貝沼清孝や鈴木克洋は映画に登場するのだろうか?とも考えました。
薪剛にとっては超重要人物だけど、原作の露口絹子の事件には全く絡まないからです。
この辺りは後述します。
[sponsered link]
原作の露口絹子事件のあらすじ
『秘密-トップ・シークレット-』2巻登場時21歳となっている露口絹子ですが、彼女が18歳の時「露口一家惨殺事件」が発生します。
この事件は絹子から見ると祖母・母・妹がMRI捜査が困難なほど脳を破壊された状態で殺害され、また当時絹子は行方不明となります。
あまりにも残虐な犯行方法から、出頭した絹子の父・露口浩一は死刑判決を受けました。
そして、事件後わずか3年という異例の速さで露口浩一の死刑は執行されます。
死刑執行後、事件の裏付けと、
(実際の罪状を照らし合わせるという面の他、別の犯罪に関与していなかったか確認する意図から死刑囚の脳を見る「特捜」という捜査が第九の仕事の一つとしてあった)
行方不明とされていた絹子の手がかりを見つけるために第九で脳が映像再現された結果、実際には絹子が一家惨殺事件の犯人だったことが判明。
実は絹子は父親から性的暴行を受けていて、そのことによって男性を憎悪するようになった一方で、原因となった父親への当てつけのように複数の男性と関係を持ち、後に殺害するということを繰り返していました。
そしてその男性関係が家族にバレてしまったために、父親を除く家族全員の殺害を決意し、実行。
とはいえ、彼女が行なったのは家族の食前酒にモルヒネを盛った後に刺殺するまで。
絹子自身、自分のことを愛している父親は自分のことを庇うだろうと確信していた模様で、特に隠蔽工作も行なわず、事件現場にたどり着いた父の前から無言で去って行き、そのまま失踪。
そして、脳の破壊に及んだのは、父の浩一。殺害時代には絡んでいないとはいえ、事件が起きてからその件に荷担した、ということはまたひとつの事実、というわけです。
父・浩一は実行犯ではなかったけれど、幇助犯(ほうじょはん/正犯者の犯罪の実行を助ける罪。刑法第62条1項)というわけですね。
ちなみに露口浩一の脳の解析が行われた直後、行方不明になっていた絹子が交番で保護されて見つかるという展開に。
彼女の証言によると、事件後は記憶喪失になり、甲府にある施設で「山口愛」という名前で保護されていたものの、父の刑執行により記憶を取り戻した、とのこと。
露口浩一の脳を見る「特捜」に携わった青木はこの証言や、絹子から浴びせられた言葉などに激昂するわけですが、
この時点では該当の事件に関する物的な証拠もなく、死刑も執行済み。判決は覆らず、一家惨殺事件に関してだけでは、絹子を立件することはできません。
しかしその後に絹子が一家殺害事件が起きる前に親しくしていた平井学という少年と再会するところから、事件は再び動き出します。
一家惨殺事件の当時は小学生だった平井学少年は、絹子から見れば、唯一といっていいくらい自分を、自分が嫌悪する多くの男性のように「性的な目で見ない」異性でした。
彼の純粋さやそうした側面を気に入っていた彼女は、あろうことか、かつて自分が関係を持ち、殺害した男性たちを遺棄した場所へ、平井学少年を連れて行きます。
平井学少年は全盲だったので、視覚情報からはそんないわくつきの場所であることはバレることはない、という絹子の油断もあったでしょう。
それでも、当時から3年が経ち、成長した少年は、その場所が「何か変だ」ということに勘付くわけです。
そうして、平井学少年も、絹子によって交通事故に見せかけて殺害されました。
平井学少年は全盲だったので、彼の脳からはMRI捜査は行えません。
しかし、平井学少年には、彼の目の代わりでもあった飼い犬のZIPがいつも側にいました。
なんとか絹子を立件できないかと、ここまで露口浩一の脳の映像と(絹子の情事を覗き見ていたので)、男性の行方不明者リストとの照合を行なっていた青木たちの捜査、そしてZIPの脳の映像から、
絹子のこれまで関係を持ち、殺害してきた男性たちの総数が約7名にものぼることが判明し、
過去の事件を含めて、当時未成年だった彼女を少年法ではなく一般的な法で裁くことができるかもしれないことが示唆されたところで、このエピソードは幕を閉じます。
[sponsered link]
映画「秘密 THE TOP SECRET」原作からの変更点(主に改悪)
絹子のサイコパス化
まずはこれ。真っ先にこれ。
実際に酌量するかはさておいて、それを検討する要素として「父親からの性的暴行とそのことが原因となる男性嫌悪」という情状が絹子の事件の背景にはありました。
また、絹子の父・浩一にも、彼女が男性に向ける憎悪、彼女が殺人鬼になってしまったことはすべて自分に起因しているということへの罪悪感。
そしてそれでも、本当の彼女を知り、愛しているのは自分だけ、という歪んだ感情があったからこそ、彼女の罪を被ったという背景があるわけです。
親娘間の歪んだ愛憎や、絹子が抱えていた闇。浩一が死刑執行間際に葛藤した姿。
こうした要素を消し去り、絹子を「ただ男を狂わせ、それを愉しむサイコパス」として描いてしまったという点が、このエピソードを愛する原作ファンとして一番悲しかったと、今振り返ってみても思います。
あと、余談ですが、原作の露口絹子のことを思うと、もっと違ったタイプの女優さんをお願いしたかったな、と。
実写化するならたとえばこう、
「earth music&echologyのCMとかに出てきそう!」
みたいな。ポカリスエットでもいいんですけども。あるいは森ガール的な、ね。
ちょっとイメージが清純派すぎるかな……(苦笑)
この件に関しては完全に個人のイメージなので、異論は認めます。
青木一行の大幅な設定変更
これもまた、どうしてそうなった?!の要因のひとつ。岡田将生さんが演じられると最初聞いた時、以下のようなことを思いました。
「実年齢より老けて見えるという原作の設定はさておき、犬感は出そう。これは期待」
これも完全に個人のイメージですが、岡田将生さんってちょっと大型犬っぽいところないです??だからこそ期待していたんですけどね……。
さて、上記の岡田将生さんに対する私的なイメージは置いておいて。
原作の、第九に来た時の青木一行は、父と母と姉、ごく一般的な、と言われて想像しやすい家庭で育った青年なのです。
絵に描いたような一般的な、そして特筆すべき不幸も不自由もない家庭に育ち、けれど、世間的にはエリートということは誇りに思われつつも
(第九職員は警察機構の中では新人の青木ですら一定以上の階級にいるため)
未だ残るMRI捜査への偏見を抱く家族によって第九職員であることは周囲には秘されている、という、
そうした点もごく普通の青年であるところの青木一行。
対して、京都大学での博士課程修了後に東京大学に首席で入学。頭脳明晰で驚異的な記憶力や動体視力、鋭い洞察眼を持つ、天才と誉れ高いながらも、
天涯孤独であり、生い立ちや親友を事件捜査中に亡くすといった事柄を経てなお第九・MRI捜査の第一線に立ち続ける薪剛。
こうした2人の生い立ちといった経歴からくる背景による対比。
純粋で感情移入しやすかったり騙されやすかったりもする、ちょっと天然も入ったそんな青木青年が、
憧れの薪さんに見捨てられないよう成長していくというのも、この「秘密」という作品のひとつの重要なファクターでもあり、
この『秘密』という作品においては大切な要のひとつだと思うのですが……
ところがどっこいである。
映画化されてみれば、青木一行は一家を惨殺された上、その事件の後遺症によって寝たきりとなってしまった父親を介護する青年に変貌してしまっているのです。
該当の事件の内容はほぼほぼ明かされていないために放り出され感も強いのですが、
100歩譲って、この映画版・青木の背景が、彼が第九を志すきっかけとなった、という風に描きたかったのかな、と捉えたとしましょう。
それでも、いやいやちょっと待って、と。
原作の青木一行の要素が180度くらいひっくり返されたのもそうなんですが、これ、薪剛の要素も結構盛り込まれちゃったんですよね。
何故なら、原作の最新シリーズseason0において、MRI捜査技術に対する思い、また親しい人とこそ一線を置く、そうした薪剛という人物のバックボーンなどが、彼の生い立ちに深く関わっていることが明らかになるのですが、その内容とリンクする部分が非常に多いからです。
実写化というのは、ヒットしたらその後続編の公開やテレビドラマ化などの展開があってもいいかと、携わっているスタッフの方々の中にも全くそのことを想像しない人はいないんじゃないかと勝手ながら思っているのですが、
そのことを考えた時に、この設定改変は悪手になるだろうな、と思いました。
本作のキーパーソン2人のそれぞれの個性、違い。これまで歩んできた人生を思うとどうしても相容れない部分。けれど薪剛が特に目をかけ、それに応えるように成長していく青木一行。
そういう描き方は、今後さらに映像によるシリーズ展開を広げた時にできなくなってしまうと感じたからです。
残念ながらヒットどころか、むしろ原作ファンからこそ、言い方は悪いですが総スカン状態だったので、杞憂に終わったといえばそうでもあるんですけどね(^◇^;)
MRI捜査の描写に関して
原作では、脳が記憶している視覚情報を映像化したものをモニターに映し出し、それを捜査員たちが確認しているのみなのですが、
映画版では、一人の捜査員がヘッドセットを装着し、他の捜査員が同時再生されているモニターをチェックするような仕組みに変更されています。
生きている誰かの脳の機能を媒介することで、死者の脳の記憶を映像化することができる、という風にしたかったのか?実写化に当たって派手な絵を求めたのか?その辺りの事情は不明です。
MRI捜査は本作の根幹でもある設定なので、もう少し説明が欲しかったところではあります。
ただ、上記よりも気になったのが下記の2点。
ひとつ目は、薪の親友であり、元同僚でもある鈴木の脳の映像について。
人間の脳は、死の間際、現実に起きたかいなかにかかわらず、その人間にとって最も幸せを感じる瞬間を再生するようにできているらしいのですが、
鈴木の脳、ということは鈴木の視点から見たシーンの再生であるはずなのに、何故か鈴木自身がそのシーンに登場しているんですよね。
しかも、脳の映像というのは、視覚情報のみ再生可能なはずなのに、なぜか音声まではっきり再現されています。
いや、MRIの設定どこ行ったの……。
もうひとつは、絹子に殺された平井学少年の飼い犬・ZIPの脳の映像について。
原作では、きちんと「犬の視界というのは人間のそれと比べて赤っぽく、色彩に乏しい」「人間の視野と犬の視野は幅が違う」などの注意書きとともに、きちんと「ZIPの見た世界」という映像が再現されているわけですが…。
映画を見てみるとよくわかるんですが、めっちゃ人間の視界と変わらん映像になっとるやんけ……。
繰り返しになりますが、MRIの設定どこ行ったの……。
そのほかのポイント
第九はおろか警察官、いや、一般的に社会人をしていれば気にするよね?という職務に関する守秘義務を飲食店などの「外部の人間も普通にいる環境」で大声で話すといった部分も残念ではあるのですが。
特に今回、映画オリジナルキャラクターとして登場した眞鍋という刑事はひどかった。
この人がまぁ現場から高級品を平気で盗むは、取り調べの最中に暴力・恫喝で自白を強要するわの状態。
しかも、最初に露口浩一の脳の再現映像を見てから、それまで一度もフラッシュバックに苛まれたりすることもなかったのに、
何故か死の間際になって、「捜査中に観た脳の映像に囚われてしまい、正気を失う」という描写が付加される。
原作の設定として、MRI捜査で過去の第九職員(薪剛の親友・鈴木を含む)が脳の映像にとらわれてしまって正気を失い……ということもあるにはありましたが、
MRI捜査の懸念点のひとつ「捜査員の心身への高負荷」を描くにしてもあまりに雑ではなかっただろうか。
など、ツッコミポイントはあげ始めればたくさんあるのですが……
きりがなさすぎるのでこの辺りで留めておこうかと思います……。
[sponsered link]
鈴木克洋・貝沼清孝の登場のさせ方について
ツッコミはここまで!とは書いたものの、「秘密」について書く上では、この2人の人物はやはり外せません。
原作からの改変内容の項目に含めようかとも思ったのですが、上記の理由であえて別項目で取り上げることにします。
まず、鈴木克洋について。大学生になった時に薪剛にとって人生で初めてできた友人と呼べる人物であり、彼の生い立ちに関する「秘密」の解明や、第九発足の初期メンバーとして薪剛の同僚でもあり、
メガネを外した青木が似ていると言われる人物であり
(それが薪剛が青木に目をかけるきっかけの一つにもなった)
そして、原作の後半で青木にとってのキーパーソンの一人となる三好雪子の元婚約者でもある。
一方で貝沼清孝は、薪剛がまだ若い頃の出会いをきっかけに、彼に対して歪んだ愛憎の感情を抱いた結果、後に薪剛に似た少年・青年ばかりを手にかける「28人連続殺人事件」を引き起こした凶悪犯。
死刑判決を受けた後獄中で自殺した貝沼清孝の脳の映像は、大多数の第九の初期職員の病気による戦線離脱、自殺などを引き起こし、鈴木克洋もまたこの事件の捜査中に亡くなっています。
そんな薪剛を語る上で避けては通れない2人の人物は、鈴木克洋が松坂桃李さん、貝沼清孝は吉川晃司さんが演じられています。
超豪華ともいえるこの配役に関しては、個人的には文句のつけようが無いと思っています。
貝沼清孝に至っては、原作では俳優の六平直政さんにホームレス要素を加えた感じの見た目なのですが、
見目麗しいダンディマン・吉川晃司さんが配されることで、貝沼清孝のサイコパスさに、不気味なまでの妖艶さがプラスされるという点では、これはいいかも!と感じたくらいです。
そもそも、アラフォーなのに女性と見間違うほどの美貌を持ち、若々しさのあまり高校生にも見える、という薪剛の原作でのヴィジュアルが実写化する上では無理がありすぎたのを、演技力抜群の生田斗真さんを配したこと、
また「原作に忠実な人物設定であったなら」青木一行に岡田将生さんが配されたことも、すごく良かったと思っていたくらいなので。
ただ、映画という2時間前後の時間的制約のある中での映像化、ということを考えた時、この2人をわざわざ登場させなかった方が良かったのでは?という思いは強く残りました。
名前を出すにしても、
「鈴木克洋は薪の親友で第九の元職員であり、過去の事件の捜査中に亡くなった」
「貝沼清孝は薪と因縁の深い凶悪殺人犯である」
といった、さわりを説明するくらいでよかったのではないかと思うのです。
これがたとえば連続テレビドラマだったら、中盤〜終盤の回で2話くらいに渡って事件について触れられる、くらいの扱われ方をされても不思議ではない2人だと思うからです。
あとは、無理に貝沼清孝を登場させなかったら、露口絹子も原作にはない接点を持たされた結果、彼女の物語の背景が著しく改変されることもなかったのにな、と切に思います。
2時間の中でやるには、いろんな要素を詰め込みすぎた結果、全部が半端でとっ散らかってしまった。
そんな印象を受けざるを得なかった、というのが正直な感想です。
[sponsered link]
「秘密 THE TOP SECRET」まとめ
というわけで、映画公開・視聴から2年半の時を経て、ようやっとこうして文章化し、あの時の様々な感情を整理するに至れそうだったので、ここまで記事にしてきました。
凄惨な描写も多く、また原作漫画が初期は大判コミックでの発売だったことからなかなか人に薦めにくい中で、
映画をきっかけに少しでも多くの人が興味を持って手に取ってくれたら……
と抱いた淡い期待が蓋を開けてみれば、という当時の深い悲しみを整理するにあたって、えげつない文字数となってしまいましたが……
好き×好きが好きのゲシュタルト崩壊を生むのではなく、自分の中での悲劇が生まれてしまうこともある、という教訓を得た、ある意味思い出深い作品ともなりました。
次にもし誰かが映像化に踏み切ることがあったとしたら、嬉しさが溢れて筆を取れなくなる結果となることを願いつつ、今回はこの辺りで記事を締めようと思います。
この記事を目にされ、「秘密-トップ・シークレット-」にご興味を持たれた方は、ぜひにぜひに!原作をお手にとっていただければ!
なお、個人の感想じゃなくて自分の目で確かめたい!という方は、TSUTAYA DISCASなどのレンタルサイトをご利用ください。
この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)