今回も3000文字チャレンジという企画への参加記事となります。
というわけでまずはルールのおさらい↓
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「ルールが綺麗にまとめられてる!」
「すごいでしょ?」
「え?主催者が作ったの?」
「そんなわけ無いじゃない。ねこまにあさん、素敵な人よ」
「やっぱり。あいつがこんな事やるわけないか」
「もう、助けられっぱなし」#3000文字チャレンジ は皆様のおかげで成り立っております。 pic.twitter.com/p6QzrnGSgx
— 3000文字チャレンジ公式アカウント (@challenge_3000) April 11, 2019
今回のテーマは「井戸」。
思いついたフレーズなどをキーに、今回も書き進めて行きたいと思います。
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地下水や温泉、石油、天然ガスといった様々なものを汲み上げたり、逆に水を注入したりするために、地面を深く深く掘った設備のことを、井戸といいます。
井戸といわれるとなんとなく水を汲み上げるための設備というイメージが強いように思いますが、意外と幅広い意味を持っているものですね。
また、井戸は作られた場所や掘られた方法などで、かなり細かく分類されているようですが、今回はその辺りの内容は割愛させていただきます。
で、井戸という今回のお題ですが、この言葉を聞いたとき、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
リング
鈴木光司氏が書いた原作小説を元に1998年に第1弾が公開された映画『リング』。ジャパニーズホラーブームの元祖といえば、という作品だとも言えるでしょう。
呪いのビデオテープやブラウン管のテレビなど、今とはなっては懐かしいアイテムが多数登場する本作品ですが、
そんな『リング』の中で多くの人の印象に残っているであろう場面が、貞子が井戸から這い出てくるシーン。
彼女が生きたまま約30年もの間井戸の中に閉じ込められる原因となった事の顛末については、2000年に公開された『リング0 バースデイ』をご参照ください。
余談ですが、『リング』で竹内結子さんが主人公を演じていた浅川玲子の息子、陽一について。
実はちょうどこの映画が公開された頃、息子・陽一を演じていた少年が近所に住んでいて、同じ小学校に通っていたということがありまして。
何なら一緒の登校班で通学していたこともあったり。
当時住んでいた家からは引っ越してしまったので、もう会う機会はないかもしれませんが、
この映画のことを思い出す度、あの少年は今どうしてるかなぁ、と少し懐かしい気持ちになったりします。
そんな思い出があるおかげで、自分の中でこの映画のホラー要素が薄まったような気もしていますが。
(元々ホラー耐性はある方ですが、ちょっと残念でもあります)
願いが叶う井戸
ディズニーランド内のスポット
ホラーと悲劇の舞台になり得る井戸も、所変われば幸せを運んでくれる場合も。
「夢の国」ともいわれる日本有数のテーマパーク、ディズニーランドの中には2箇所、願いが叶うと伝えられている井戸があります。
ひとつ目は、トゥーンタウンの中にある、ミニーの家の裏庭に設置された「願いの井戸」。
コインを投げ入れると、数種類あるミニーからの励ましのメッセージを聴くことができるというロマンチックな仕掛けがあります。
もうひとつは、ファンタジーランドの中にある、「白雪姫のグロット」に設置されている井戸。
白雪姫の作品の中でも、彼女の願いを叶えてくれたその井戸は、時折中から彼女の歌声が聴こえてきます。
コロンビアの観光地
ちなみに、世界を見渡すと、南米にあるコロンビアという国の首都、ボゴタにも、有名な観光地となっている井戸があるそうです。
その井戸はモンセラーテの丘という、ボゴタ市内を見渡せる丘(標高3,000mはあるので丘よりは山っぽいですが)の頂上に設置されています。
井戸に背を向けて投げ入れた際、コインが井戸の上にある輪っかを通って井戸の中に入ったら願いが叶う、と言われているのだそう。
モンセラーテの丘には、モンセラーテ・パシリカ教会堂という教会もあり、
観光に訪れるはもちろんのこと、地元の住民も礼拝などで大勢訪れる場所です。
そんな賑やかな場所であるためか、お土産屋さんやレストランなども多数出店しているようなので、豊かな自然とともにショッピングなども楽しめそうな所です。
機会があれば一度は訪れてみたいですね。
夢占いから見る「井戸」
ここからは完全に余談ですが、夢占いで「井戸」が表すこと、についても調べてみました。
夢占いについては、その解釈の仕方には諸説ありますが、私がよく参考にしているサイトでは井戸が夢に登場するということは、
「心の奥にある欲求や目標に対する意欲が薄れてきてしまっているかもしれない」
ということを表しているようです。
たとえば、夢の中で井戸から水を汲み出していたとしたら、諦めかけていた夢や目標に対して、再度挑戦してみようかな、という気持ちの表れや、そのチャレンジを後押しするようなチャンスが訪れることの暗示であったり。
井戸の中を覗いている夢なら、叶わなかった願いや望みに対しての未練の表れであったり。
井戸が登場するような夢、というのはなかなか見ることがなさそうな気もしますが、
もしそんな機会が訪れたら、頭の片隅ででもこのことを思い出してみると、面白いかもしれませんね。
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井戸の怪人
トイレにはそれはそれは綺麗な女神様がいらっしゃるくらいですから、井戸に怪人がいらっしゃってもなんらおかしくはない、わけで。
テレビ東京で放送された山田孝之さん主演の『勇者ヨシヒコ』シリーズのうち、『勇者ヨシヒコと魔王の城』というタイトルの中にも、どストレートな名前ですが「井戸の怪人」というキャラクターが登場します。
ちなみにこの「井戸の怪人」は井戸をネタにただ歌って踊るだけの怪人らしく、害は特にありません。
なお、この井戸の怪人はお笑い芸人の佐久間一行さんが演じているのですが、
2011年のR-1グランプリの1本目のネタで「井戸のお化け」として、勇者ヨシヒコシリーズの放送に先立って作中にも登場する「井戸の歌」を披露しています。
もしかしたらそちらの印象の方が残っているよ、という方も多いかもしれませんね。
井戸端会議
女三人寄ればかしましい
じゃないけれど、かつては共同の井戸の周りに集まった近所の女性たちが、水汲みや洗濯をしながら世間話をする風景がありました。
それがこの井戸端会議という言葉の元となっています。
今はどうなのかわかりませんが、ドラマや漫画などで、会社の給湯室で雑談をする姿が描かれていたりしますが、これも井戸端会議に近いものでしょうか。
他にもママ友の会だとか、女子会だとか、女性同士で集う場面は時代や場所、背景を変えて残っていますね。
女子会などになってくると、かつての井戸端会議のように日常生活の延長で自然と、という形ではなく、機会を設けて集う、という点では、本来の言葉が表す様子とはまた違ってくるのかもしれませんが……
井の中の蛙大海を知らず
小さな、井戸の中という狭い世界で暮らすカエルは、大きな海のように広い世界を知らない、ということから、
物の見方や考え方が狭い人、それでいて自分が見知っている世界が全てだと思っている状態の人を批判するような意味合いで使われることが多いことわざです。
ただ、実はこの「井の中の蛙大海を知らず」には続きの言葉があると言われています。それは、
「されどそらの深さ(青さ)を知る」
というもの。
ただ、この続きの文は、「井の中の蛙大海を知らず」が記されている原典(中国の思想家・荘子の『秋水篇』)には登場しません。
なので、日本で独自に付け加えられた文言だということになるのですが、後半の文言は、
ひとつの場所に留まることで、その場所、分野についてより深い見識を得ること(究めること)ができる。
という意味合いを持っています。
一点突破で専門家(プロフェッショナル)になるか。あるいは狭き世界の中でドヤァな人に終わるのか。
広い世界を知り、様々な見識を得ることができれば理想的ではありますが、そうできなくとも、せめてひとつのことを究めるプロフェッショナルでありたいですね。
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井戸のまとめ
生活に必要な水を調達する場として作られ、ご近所同士のコミュニティ形成に一役買い、時には嘆きの霊や陽気な怪人を住まわせることもある。
ひとつのお題でこれだけ話題を提供できるとは、井戸とは奥深いものですね。
井戸だけに。
お後がよろしいようで。
この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)