ロリエ「kosei-ful」プロジェクトに私が感じる”コレジャナイ感”の話

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実家にいた頃は母が買って来ていたのでもしかしたら棚に存在した時代もあったのかもしれないけれど、長らくロリエブランドを自宅で見ていない。

その理由の片鱗が回見えた気がするプロジェクトだなぁ、というのが一番最初にぼんやりと抱いた感想でした。

そういえば以前にも生理用品に絡むプロジェクトで「No Bag For Me」というものがあり、その件について言及した記事も書きましたが、

#NoBagForMe プロジェクトについて感じたこと、考えたこと
突然ですが、#NoBagForMe という取り組みについて、あなたはご存知でしょうか? プロジェクト発足の趣旨については、ユニ・チャーム株式会社のホームページに記載されていた内容を抜粋します。 #NoBagForMe...

個人的な生理に対する、生理用品のパッケージに対する思いとやや相容れない部分もありつつも、上記プロジェクトについてはそこまで”拒否感”のようなものは感じなかったな、と今にしてみれば思うところでもあります。

ということで、NoBagForMeはそこまでではなく、kosei-fulはどうしてダメなのか?という部分を自分の中でも整理すべく、本記事を書き進めてみようと思います。

比較として、それぞれの公式ページを貼っておきますね。

ソフィ『#NoBagForMe』プロジェクト始動|2019年|ニュースリリース|企業情報|ユニ・チャーム
生理・生理用品について気兼ねなく話せる世の中の実現を願い ソフィ『#NoBagForMe』プロジェクト始動 ユニ・チャーム株式会社(本社:東京都港区、代表取締役...
kosei-fulプロジェクト | ロリエ | 花王株式会社

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生理=個性という言葉が怖い

両プロジェクトともに、「生理について話すことをタブーとする空気を脱したい」という意図は見られます。

それに対して、NoBagForMeプロジェクトの場合は、生理を恥ずかしいと思うことから変えていくべく、生理用品を紙袋や透けないビニール袋で包装しないで済むようなデザインにしてはどうか?というアプローチを取っていました。

生理について語ることをタブー視するが故に、本当は医療機関へのアクセスが必要なケースにおいても、

「女性はみんな毎月辛い思いをしているんだから」

など、正しい情報へのリーチが阻害され、必要な受診が遅れてしまうという体験がプロジェクトの参加者の中でも実際にあったからという思いが語られており、

プロジェクトがそこからどのようなアプローチでどのような着地点に至ったかという点などで首を傾げるシーンはあったものの、私個人としては全体的には応援したいと思えるような内容だったと感じています。

一方、kosei-fulプロジェクトの方は「個性」という言葉に行きついている点が気になりました。

生理が重い人もいれば軽い人もいる。特にしんどい人にとって、場合によっては医療機関へのアクセスを含め、辛さを軽減させるための商品の話や対処法についての話をしよう。

そうした趣旨はきっとあるんだろうな、とページ全体を読めば汲み取れなくはないものの、

個々人ごとに違う生理を、生理というひとつの現象のもとに等価として捉えることで気軽に話し合えるようにしよう。

「生理=個性」にはそう捉えられかねないニュアンスが見えるのです。

だからこそ、生理ではない時の日常生活と同じものが送れない、より症状が深刻な人にとってこそ、今回のプロジェクトに対して反発を覚えたんじゃないかとも感じています。

そこまで同性間で生理に関して意識の分断を感じない中で生きてはきましたが(周りに症状が重めの人が多かったため)、

生理=個性という認識を広めてしまうことでかえって分断を生まないかな?と個人的には心配を覚えたほどです。

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「男性も買いやすい」は必要か?

個性というワードにまつわる様々な杞憂は私個人の気にしすぎ、で片付けることがまだできるものだと考えられはするんですが、

ロリエ「kosei-ful」プロジェクト限定パッケージに関するデザイナーからのメッセージのこの部分に関してだけは本当に頭を抱えるものでした。

「女性はもちろん、男性もパートナーの代わりに買いやすいデザインにしたい。」

そして、この部分にこそ、私が感じたNoBagForMeプロジェクトでは感じなかった「コレジャナイ感」が詰まっているといえるのかもしれません。

私自身は、「ローソンPBのデザインについて思うこと」という記事でも書いたように、あまりゴテゴテしたデザインが確かに好きではありません。

NoBagForMeプロジェクトのパッケージに関しても、

「私は生理そのものを恥ずかしいと思っているわけではなく、自分にとってすごくプライベートなことである自身の生理と結びつく、明らかに生理用品とわかるものを持ち歩くのが恥ずかしいというだけだ」

という思いはあったものの、パッケージリニューアル自体は好意的に捉えていました。

あくまでそれを購入する、そして利用する女性を思ってのプロジェクトだ、と読み取れたからです。

ただ、やはり生理用品ならそれがタンポンなのかナプキンなのか、ナプキンなら何cmで羽つきなのか羽がないのか、といった必要最低限の情報がパッと見でわからないデザインはかえって買いづらい、という利便性などの側面から反対意見が出るのもわかります。

そうした必要情報の見やすさは守りつつ、従来の生理用品然としたゴテゴテしすぎたデザインとの折衷案が出るといいなぁ、とも思っています。

ですがそこで「男性の買いやすさ」という視点を、デザインの段階でそういう意見を取り入れたとして、余談という形とはいえ、発信する必要はあったんでしょうか?

結果として、生理用品然としていないデザインに仕上がったこともあり、「必要最低限の情報がパッと見でわからない」内容になってしまっている点を踏まえると、

「本当に利用者である女性のことを考えてますか?」

という声が上がるのも、致し方のないことなのかな、と思います。

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生理に関する理解を進めるためにも

生理にも苦しさの程度の差など”個性”があり、ひとりひとり違うものである。まずはそこを理解し、それを女性同士の相互関係だけではなく、広く男性、社会への理解を促していこう。

という根底の趣旨の片鱗は見えるものの、キャッチコピーやメッセージの中に、導きたいイメージとのズレが出てしまっている点を残念に思ったというのが今回の記事の総括、といったところでしょうか。

もしかしたら私が見ているネットの世界だけかもしれないとはいえ反響が大きかったからこそ、そのイメージのズレが修正されていき、

本プロジェクトがよりブラッシュアップされていくことを心から願っています。

ロリエ製品を自分が再び(?)手に取ってみようと思うかどうかは、このプロジェクトが今後どうなっていくかを見守りながら考えたいと思います。

この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)

コメント

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