長く(ほぼ)リアルタイムで追っている作品の場合は特に、完結を迎えると
「はぁ〜〜終わったああああ!!」
と感無量になるものではあるのですが、
今回紹介するよしながふみさんの『大奥』はそれ以上に圧巻!!と惚けてしまったので、その感想というか諸々の思いをどこかにぶつけておかねばと思わされるものがありました。
というわけで、前置きもへったくれもありませんが、この思いを書き残しておこうと思います。
もし興味を持っていただけたのなら、ぜひ本編をお手に取っていただきたいです。
漫画『大奥』概要
よしながふみさん作の『大奥』物語の舞台は、日本の江戸時代をモデルとした世界。
3代将軍・徳川家光の時代に、関東のとある田舎村で熊に襲われた少年をきっかけに「赤面疱瘡(あかづらほうそう)」とのちに呼ばれることになる奇妙な病が日本全国で広がります。
この赤面疱瘡(あかづらほうそう)の特徴は、「若い男子のみが感染する」「ひとたび感染すれば致死率は80%」というもの。
有効な対処・治療法が発見されないまま全国に急速に広がったこの病により、日本の男子の人口は女子の約1/4まで減少。
その結果、これまでの日本の社会構造は激変することとなり、将軍である徳川家も、本物の徳川家光が亡くなったことをきっかけに女子が将 軍職を引き継ぐことに。
本作は女将軍・家光の代から、幕政が終わり明治へと時代が移っていくまでの長い歴史を描いた作品となります。
なおこの『大奥』を原作としてこれまで3人の将軍を中心としたストーリーがそれぞれ実写化されています(映画化は2010年の吉宗編と2012年の綱吉編。テレビドラマ化は2012年に家光編)。
ドラマ「大奥〜誕生 [有功・家光編]」 胸が締め付けられるような愛と始まりの物語
映画「大奥〜永遠 [右衛門佐・綱吉編]」 将軍として生きようとした結果たどり着いた悲しみの物語
漫画『大奥』のレビュー・感想
「男女逆転」というこの作品の特徴を表したフレーズに、単純な私は最初「ふーん」と、ただただ記号的に代々の徳川の将軍がもし女性だったらというお話なのかなぁと考えていたような気がします。
なんというか、それ以上の意味などを特に考えずに読み始めた、という感じですね。
同様に、ドラマだったか映画だったか忘れましたが「美男三千人」というある意味わかりやすくインパクトのあるキャッチコピーが出たので、
「ん?逆ハーレム的なお話なの??」
という印象を初期の頃は抱いていましたが、その認識は正しいとはいえないと、わりとすぐに考えを改める結果となりました。
大奥の誕生と血の呪縛という側面
そもそも、やっと動乱の戦国時代を経て平和な世になったのだから徳川の血を盤石なものにせんと、子を作ること、そして子の中から次の将軍を選ぶことが、ある意味政(まつりごと)よりも優先され、そのために”大奥”という場所が用意されたんですよね。
大奥とは巨大な鳥籠なわけです。徳川を継ぐのは徳川の血のものであれ、という呪縛の鳥籠です。
そのために、時には「一緒にいても世継ぎが生まれない」と愛するもの同士が引き離される。
唯一の子が急死したために、子を失った悲しみに浸る間も無く世継ぎ作りを再開せざるを得ない。
世継ぎが生まれたとしても、その子が必ずしも将軍の器とも限らないために悩む母もいれば、あまりに子が生まれすぎて、身勝手に孫を手にかける女将軍も登場する。
大奥と将軍の関係だけでも十分にドラマを孕んだ物語ではあるのですが、もちろんこの作品のテーマはそれだけではありません。
ジェンダー的な役割と男女逆転
そもそも単純な「男女逆転」であれば、身体構造上女性が出産するということはそのままにするにしても、女性が働き社会を運営して、男性が家のことを守る、という構図にしても良かったのかもしれない。
けれど、本作の場合は、男性に求められているのはただ一点、子種としての役割だけで、家事もしなければ貴重な存在として大事に大事に家の中で守られています。
子を産むためには男性は必要だ。けれど、政治や仕事には参加しなくていいと言われるし、一人で生きていく覚悟もないと時にはみなされる。
本作内では庶民も将軍も関係なく、そんな描写が見られる。
なんだか、直近のことに限らず政治家の方々が時折失言しては失脚する言葉を「男女逆転」の文脈の中に置くとこうなるのかな、ということを、本作を通じてついつい感じてしまうのである。
子作り以外の何をもしなくてもいい=それ以外には何の価値もない存在。子作りのためだけに生まれてきた性別なんだ。
もちろんこれは暴論なのだけど、これとあまり大差のないことを件の政治家たちは心に思い、時にぽろりと零しているんじゃないのか?
そうでないと信じたいところではありますが。
家族の形
時代が進み、赤面疱瘡(あかづらほうそう)の予防策が普及する頃、幕府はその威光が翳り始める時代に突入する。
そして迎えるのが、家茂の時代。この終盤の物語が本当に凄いとしか言いようがない。
まず、公武合体のために嫁いできた和宮が実は本物ではなくその姉、つまり女将軍家茂と女性の和宮が家族となる。
そして、ここまで長らく徳川を継ぐものは徳川の直系の血のもの、という呪縛のような週間が続いてきた中、家茂は和宮と2人、養子を迎える決断をします。家茂曰く、
「まことに信頼に足る人物ならば夫婦(めおと)でなくても二人で人の子の親になっても良いではありませぬか!」
この家茂と和宮は恋愛関係にはないし、真には婚姻関係にもない。そして迎える子にも血の繋がりはない。
最も血の繋がりが求められていた徳川の家で家茂が、家族のつながりに必要なのは人と人との信頼だ、という結論に至ったのがすごいな、と。
たとえば、子どものこと。同性婚でも、きちんと資格なり何なり取れば養子縁組できるとか。一つのアプローチ方法としてね。少子化対策といえば、なんだかまだまだ産めや増やせやになっている気がして。
たとえば、婚姻や家族になるということについて。家族といえば、男と女が婚姻関係を結んでそこで子どもを生んで育てて、にしたい人がまだまだ多い気がして。
個人的にはこういう家族の形ももっと日本で認められたらいいな、とつい考えてしまうんです。
最後は人と人、これが未来の姿であればいい
『大奥』も、最後は開国と明治への移行とともに、女将軍たちの歴史は闇に葬られ、男性主導の世の中へと戻っていきます。それはもう、今の現実も同じように。
ただ、これはある種想像できたことでもありました。西欧列強に攻め入られないために男子人口の減少を隠す。そのための鎖国だったわけです。
開国はすなわち、男子人口の回復。男社会へ戻っていくことの現れでもありました。江戸の時代の歴史を改変したSF作品ではありましたが、史実のそれには忠実に従うだろうと。
けれど、物語の最後に天璋院篤姫(男性)がある女性に秘密を打ち明けるシーン。
女性はけして妻になり子を産むために生を受けたわけではないということ。代々女性たちが江戸の街を動かし守ってきた時代があったのだ、ということを通して。
きっとそれは、男も女も身分の高低もなく、能あるものを重用してきた時代に生きた彼だからこそ、彼女に言えたのだと思うのです。
妻になり、子を産むこともまた人生だけれども、秘密を打ち明けた女性も、そして代々の将軍たちも「そのためだけに」生まれてきたわけじゃない。
昨今ことさらに政治家のミソジニー的な失言が続いた分、よりそこにフォーカスしてつい読んでしまった、という部分もあるのかもしれません。
この作品を通じて感じた「男でも女でもなく、人としていられる未来が来るといい」という願いが、いつか、次にこの作品をもう一度手に取った時、少しでも実現に近づいていると感じられるような世の中になっていますように。
漫画『大奥』まとめ
今回はよしながふみさんの『大奥』について紹介して来ました。
『大奥』という作品はパンデミックとそれに対するワクチンの開発の物語や政治家たちの腐敗など、舞台を過去にしなくても現代にも普遍的な問題について数多く描いているので、
そうした観点からも十分に楽しめる作品なのではないかと思います。よかったら、ぜひこの機会に読んでみてくださいね。
この記事を書いた人:藤代あかり(@akari_fujishiro)